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京都で巻き起こる摩訶不思議なできごと>>>
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「フンデルト・ヴァッサー展」行ってきた。
本で見るより色彩が豊かだった。 「いい」そう思った。 ゴテゴテの装飾が毛嫌いされる。 建築やってる人たちに好きな人はあまりいないかもしれない。 「装飾は罪悪だ」とはいうけれど(その真意は知らない)、装飾は本能だ。人が、お化粧したりダイエットしたりカラダ鍛えたりピアスつけたりヒール履いたり服を着替えたり芸術を愛でたり・・・すべては装飾。 ヴァッサーは「窓の権利」を主張して、『ロースからの解放』を宣言し、住居の顔としての窓に手を加え、そして均一で表情のない牢獄のような建築を批判する。 では、現代の建築家の建てた建築の窓は装飾なんでしょうか?ガラス張りの建物は?ランダム窓の建物は?窓のない建物は?それは批判されるもの? スター建築家たちによるデザインゲームがなにかデザインではなく装飾のように見えてきました。50年後の世界を作るのは私たちです。50年後の社会を考えて、ヴィジョンを持って建築に係わっていかなければいけない。現在とは全く違った社会を築いている50年先の未来にも変わらないものを、まずはしっかりと見つめ直すつもりです。 街中ですれ違う何万という人の表情や服装が一つとして同じものはないのに、妙に調和がとれていて、見ていると楽しい気分にさせられるように、その多種多様な色彩や形がもたらす豊かな環境が人びとの記憶に残るような建築を考えて生きたいと思いました。
ボクはどのようなライフスタイルを求めて仕事に関わっていこうとしているのか。
贅沢な生活がしたいわけではない。お金はそこそこで十分満足できる。 結婚?したいかな。子供は欲しい。子供はボクの人生を楽しくしてくれるハズ。 妻子を養っていけるほど稼げるとは思っていない。政府は消費税も上げるだろうし、女性にも働くように仕向けてそこから税を徴収しようとしている。政府の狙いは、増税+控除廃止+税収源増なんだ。それは、強制的な女性参画社会の形成。だから未来の妻よ、我らは共働きじゃ。けれどこれが理想の夫婦だと思う。お互いがそれぞれの夢に向かって仕事に就き、お互いを尊重するようになれば、子育ても近所付き合いも夫婦で参画できるようになっていく気がする。本当のところ、子育ては楽しいし、近所付き合いも楽しいはずなのだ。家族を養うためにバリバリ働き、朝から夜遅くまで会社のために尽くして、寝るためだけに家に帰ってくるような社会人には羨ましい考えかもしれないけど。 ところで、強制的な女性参画社会が形成されると書きましたが、働きたいと願う女性が増える傍から働かなければならない女性を増やすことで、政府は自ら推し進める男女共同参画社会を達成させようとしているのかもしれません。とりあえずみんなが働いてくれていれば体裁は整うし、報酬などは個人の能力次第と言ってしまえば片が付くと思っているのだと思います。つまり、男社会に女性を引き込んでコントロールしてしまおうとしているのです。なんて貧しい社会なんでしょうね。男女共同参画社会の理想はずっと先にあります。余計な性差がなく、みんなが心豊かに暮らすことのできる社会。みんな幸せになりたいのは昔から変わりません。 しかし、世間では働く意欲に燃える女性が出産などの後、仕事に復帰しにくい環境が根強く残っています。子供たちを預けようにも託児所や保育所の数は足りないし、企業の側もいつ辞めるとも分からない女性の採用に、慎重になるケースが多いようです。政府は高齢者福祉に掛かる経費が増大するなか、子育て支援に費やす予算はなかなか組まない(高齢者の方が発言力があり、若者が政治に無関心なため - 国家戦略かと疑いたくなる)。 確かにいまの社会は男を中心とした社会構造で、女性の社会進出を拒んでいる面もある。けれども、一部のフェミニストの主張もおかしい。「仕事と家事と良いとこ取りをする女性がいい」とする遙洋子さん、女史の発言には「全て男が悪い」といった考えが根付いているように思えます。これは男性の意識の問題だけではないような気もします。 あと、熟年離婚も問題視されるようになってきましたね。(ハナシソレスギ) したけりゃすればええやん、と思いますがこんなにも話題になると気になります。 熟年離婚には2つのタイプが存在していそうです。「お互い自由に生きましょ」というタイプと、「もういいでしょ」というタイプ。一つはポジティブ、もう一つはネガティブ。実はいま、このネガティブな離婚原因が増えているようです。子育ても終わったし、あなたの定年まで家庭も支えてあげたし「あなた、もういいでしょ」という奥さまが増えているのです。なにがいけなかったのでしょうか。夫が家庭を顧みずに仕事一筋に生きてきたからでしょうか。家事も子育ても妻に押し付け、趣味に没頭しすぎていたのでしょうか。 男性の家庭に対する意識が低かったことが主な原因とされますが、それでは世の中の男性の多くが、家庭に興味を示さないのでしょうか。誰しも、愛妻の手料理をおいしいと感じるし、子供たちを愛しているはずです。何が男性と家庭を引き離したのかというと、それは社会だと思うのです。この社会、そもそも男性が築いたものだから自業自得じゃないかと云われると、ごもっとも。 しかし、このような社会で裕福になったのは男も女も同じなのだから、女性も共犯だと云えます。戦前は、男性もちゃんと家庭での役割があった。我が家の代表として地域活動に参加し、家の中のことも決定権を持っていた。それが高度成長期を向かえ、会社という職能コミュニティに吸収されると、男たちは生活の共同体から除外され、会社の中に居場所を見つけるようになってしまった。ちょうどこの頃働き盛りだった男たちが定年を向かえ、長年連れ添った女房から離婚を宣告されるというのが現在の熟年離婚の真実だ。問題は、この頃築かれた産業中心の社会構造がいまも連綿と息衝いているという事だ。夜中12時に帰宅する父親に、妻と語り合う時間も子育てをする余裕もあるはずがない。なぜこのような労働環境がまかり通ってしまうのか、探ってみる価値はあるかもしれない。 とかく、働くことだけを優先して、働く人々とその家族の生活を犠牲に成立している社会を抜本的に見直す時期にきているということだろう。 と、、就活を通して意外なことに社会学を学ぼうとしている この後の話はまた今度。 次は住宅・都市のあり方について考えてみたい。
『nisico』のバイオグラフィー
京都在住、24歳、おとこ。 生まれも京都。育ちも京都。幼稚園から大学までずっと京都。 いまは京都の大学の大学院で建築学を専攻中・・・ 来年の春にはついに京都を離れることになるかもしれません。 『nisico』のLOVE TOP画像のスナフキン殿。こんな旅人になりたい。 雨の日に昔ながらの喫茶店でクラシックを聴きながらの読書。 晴れた日のちょっとした散歩。近所の池まで。 明け方の寺社仏閣。凛と張りつめた空気。背筋がシャキン☆ 夕闇の中の散歩。住宅の明かりが温かい。 身の回りのかわいいサイズの小物たち。 日本の美しい山々。森。川。海。動物。植物。 自然に溶け込む建物。農業。産業。生活。 街中のさりげない人付き合い。人間味。雰囲気。 『nisico』の方針 当ブログは拙の不甲斐ない人間性と、当てのない夢、日々の発見などを 京都の情景とともに綴り、留めておく所。 ふらふらと様々な人に出会い、語り合う日々。それが楽しい。 なにか一つでも共感できることがあるということ。それほど素晴らしいことはない。 これは私の幸せな日々の記録。そして全ての出来事との出会いへの感謝。
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